

今年も秩父に夜祭の季節がやってきました。京都祇園祭、飛騨高山祭りとともに日本三大曳山祭りとされるこの祭りは秩父に住む人たちの誇りであり、生活の一部となっています。
今から約350年前、寛文年間(1661年〜72年)に始まったこの祭りは、秩父地方の絹織物の繁栄とともに発展してきました。四方を秩父連山に囲まれた秩父では稲作に代わるものとして養蚕が栄え、秩父神社の境内には絹物市が立ち、一年の終わりを飾る最終の一大行事として大きくなりました。

「秋蚕仕舞うて(あきごしもうて)麦蒔き終えて 秩父夜祭待つばかり」(秩父音頭)
1年の実りを神に感謝する祭りでもありました。
今も秩父周辺には養蚕農家や絹問屋などの古い建物が残っています。この絹織物景気は昭和初期まで続き、埼玉県の経済を支える程の大きな経済力となりました。現在、養蚕農家はほとんどなくなってしまいましたが、この小さな盆地に生まれた秩父の財は大きな文化を残し、今も町の人々によってしっかりと守られています。
そしてこの日は、秩父神社に祭られている女の神様で蚕の守り菩薩「妙見菩薩」が武甲山に住む男神「龍神」と一年に一度の逢瀬を楽しむ日。厳しい作業から解放された人々が、祭りの正装を身に着け、祭り囃子に酔いしれるハレの日でもありました。いまも地元の人たちは「秩父夜祭」ではなく「妙見様」と親しみを持ってよんでいます。
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