宇和市の外泊地区の「石垣の里」へ。
この地域は海からそそり立つ山間地域。分家する地面が無いので、代々この地の次男達が石垣で地面を作って家を建てて暮らした。山全体を石垣で埋め尽くして、わずか1mばかりの小さな段々畑で、農作物を作り暮らしを立てていた。昭和30年頃から耕作が衰えて、今は住宅地域以外は森に帰っている。
当時の写真を見ると、人間の粘り強い努力の跡が、悲しくなるほどの苦労の軌跡として胸に迫ってくる。
地球上には数多くの世界遺産と言われる物があるが、大方の物が権力によって人々を苦しめながら作られた遺産だ。それに引き換え、自ら生きるために小さな石を無数に積み重ねて作り上げた遺産だ。当時の姿を復活できれば、ニッポンのマチュピチュだ。
民宿の食事は、取りたてのお魚いっぱいの素晴らしい夕食だ。珍しい魚、名前は忘れたが、味だけは絶対に忘れない。民宿のオーナーはこの石垣の修復に情熱を傾けている。
岬に出ると九州が間近に見える。戦時中に豊後水道に進入する敵艦を攻撃するために作った軍事施設跡がある。 (つづきは四万十川編で)
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