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〜2008年 ふるさとの式根島で過ごす休日〜 |
1月の連休にふるさとの式根島で、同級生同士の新年会があるとのこと。家にいてもどうせ「男どもはいらない!」といわれるのが関の山。「よっしゃ!」と乗船券を申し込み、夜の10時、竹芝桟橋を後にした。島への旅はいつものことながら、一人旅。

大島、利島、新島を経て式根島が雨の中に、その姿が見えてきた。この時期にしては、珍しく穏やかな海で、少しも揺れることはなかった。桟橋には兄が迎えに来てくれていた。
これから二日間、実家でおばあさん(母)と二人の珍生活の始まり始まりである。 |
■1日目
島に来てからずっと降っていた雨も、昼過ぎには止み、早速散歩へ。あいも変わらず足付の桟橋へ。一番奥まで歩き、釣りしている人たちに話しかけるが、その釣果はまったく見当たらず。この人たちも雨の止むのを待って出かけてきたものか。
桟橋からの帰り、足付温泉に寄り、足湯を楽しむ。お湯から足をあげると寒いが、タオルを持ってきたわけでもないので、足が乾くまでは風に吹かれて乾かす。岩場に沿って散歩するが、近年は来る度に岩場の様子が違っている。今回も昨年に比べるとずいぶんと砂がなくなり、それまでは砂に埋もれていた岩が飛び出している。私がこの島に生まれてはじめてみる風景である。
ここは江戸時代に塩を作っていたところであり、岩場にまきを燃やしたような後が見られることから、江戸時代においてはこの様な地形だったのかもしれない。近年このような地形が現れるのは、足付桟橋を作ってからである。桟橋を作ったことで潮の流れが変わり、ここにあった砂が流されているのではないだろうか・・。環境の変化というのは本当に恐ろしいものだと感じる。
家に帰ると、おばあさんはもう一人で夕食を食べようとしていた。人に気を使わず、食べたいときに好きなように食べるのが、長生きのための最良の方程式である。私の夕食は、さんまのくさや、おにぎり二つ、サラダ。夜は、掛け布団だけ出してコタツの中で一夜を過ごす。島の冬は暖かい。 |
■2日目
さて、6時半を待って起きる。いつもの散歩コース。桟橋でイセエビの網の荷揚げを見ていたが、ここで私はかっての式根を見た。最近の式根は、漁法も変わり、すべての設備も整備され、「もやい」などという共同作業はもはやなくなってしまったと思っていた。ところが一人の若者が次々と帰ってくる船の網上げの作業をごく自然に手伝い始めたのである。「残っていた。あの頃の島が!」心の中でひそかに喜びを味わった。
朝食はさんまを焼き、昨日の残りのおにぎりと焼いた芋もち、もちろんお茶の変わりはビールと、
気ままな朝食。
ごろごろとコタツの中で過ごしていると、おばあさんから次々に家事手伝いの指示が出る。一日に三度は買い物に行かせられる。いつもは指示を出す幼稚園の園長の立場だが、式根島に帰ると「単なる息子」トホホ・・・
夕方になると姉がおかずをたくさん作ってくれた。さしみ、からあげ、サラダ、煮付けなど。4時過ぎに食べ始めるが、先に食べ終わったおばあさん(母)はさっさと引き上げてコタツの中で私は食器洗い。
台所仕事が終わって、やっとコタツに入ったかと思うと、またまた「貼るパテックス」のお使いの指示。
やれやれと思う間もなく、また次の指示。今度は風呂を見てきてくれとのこと。母の手伝いで一日が終わる。 |
■3日目
朝の6時30分起床。いつもお散歩コースへ。今日こそは日の出の写真を撮ろうと意気込んで出かけたが、雲が垂れ込めて朝日は出なかった。イセエビ網の荷揚げを見て、足湯へ。
水仙があちこちに咲いている。やはりこちらは暖かいらしい。
水仙を愛でながら、お土産に明日葉を摘む。
今回の式根島行きは、釣りも潜りもせずぐうたらを決め込んだ。年老いた母のそばで、のんびり過ごすこんな休日も良し。時間を見計らって、港まで兄に送ってもらう。乗船、帰京。 |
記事提供:原 鉄郎さん |