冬将軍が居座る日本列島、北陸は例年に無い大雪との情報が飛び交っています。秋に行った紅葉真っ盛りの白川郷、雪景色はさぞかし見応えがあるのではと思い立ったら、旅行案内の冊子を捲っている自分がいました。
連れ合いを誘うと、寒さゆえ気乗りしない様子。それでは一人、吹雪の舞う大雪のなかを、不幸せな女一人旅のヒロインを演じてみましょうか。
一泊二日の、幻想的な茅葺きの屋根が立ち並ぶ合掌集落に出逢う旅の始まりです。
現地情報では、夜は−10℃前後の気温、道路もカチカチに凍っているらしい。転ばないように、スノ−シュ−ズとホッカイロは必須アイテムです。
大雪の白川郷も、その美しさは決して私の期待を裏切りませんでした。むしろ白い雪が、静寂と神々しさを醸し出しています。
薄幸のヒロインは、道路沿いにある店で煮込みおでんを買い求めました。
ベンチに座って、道行く人々を眺めながら食べる熱々のおでんは、関西風ダシで格別の旨さでした。

夜間の厳冬の気温ゆえか、木の葉が氷柱の様になっているのがありました。厳しい北国の、冬の自然の芸術作品ですね。
夜は冬の屋外では何もかもが凍ってしまう、でも心だけは凍らない様に二重三重に暖かい対策をしている事でしょう。
雪の白川郷、雪の白さが優しく私の目に映ります。
一人でも雪に逢いに来て良かった〜、こんな氷柱なかなか見る事は出来ません。

人間何処へ行こうとも、ユ−モアと奇知を忘れてはいけません。歩きながらふと目に止まったミラ−に、可愛い雪景色が映っていました。ミラ−の中でも、雪国の白川郷が息付いていたのです。どこもかしこも真っ白い雪、雪道を歩いているだけで、子供の頃の思い出、冬に初雪が降って、大喜びではしゃいだ日々が思い出されます。

おやおや、なんと可愛らしい雪うさぎの雪だるまでしょう。こんな風景、白川郷ではあちこち見る事が出来ます。降雪が一メ−トル以上にも及ぶ雪国の、楽しい冬のお遊びです。
雪だるまを作ってしまうと、極寒の寒さゆえ溶けないで、いつまでも雪だるまを楽しめる様です。子供時代、私も雪だるま作って遊んだな〜。
こんなに上手には作れなかったけど、不細工の雪だるまに愛嬌があった。木のみかん箱を代用したそりだったけど、坂道を滑って楽しかったぁ!

世界遺産〜五箇山菅沼合掌造り集落
菅沼合掌集落は、昭和45年に国の跡の指定、人の住む合掌造りの家屋と、その周辺の景観は伝統的集落の評価が高く平成七年には世界遺産に登録されました(案内書より抜粋)。
ライトアップされた菅沼合掌集落の佇まいは、不思議なお伽の国に迷い込んだかの様でした。建物の影から、座敷童が「おいで!おいで!」と呼んでる声が聞こえてきそうな懐かしい雰囲気です。
河川段丘にある菅沼集落には、現在9戸の合掌造り家屋が残っています。日本有数の豪雪地帯という厳しい自然環境に耐える住まいとして、また、養蚕をする仕事場として、頑強な構造りで釘一本も使わない独自の合掌造りは、素晴らしさに目を見張るものがあります。現在も家屋として使用されており、何時までも後世に伝えたい日本文化だと思います。

地元のお母さん達が、心を込めて作ったecoキャンドルのかまくらが、優しい灯りを醸し出し、懐かしい遠い昔の子供時代を思い出させます。田舎育ちの私は、暖かい家の中でお餅を焼いて食べたり、すごろくや福笑いをして遊びながら、暖かい春が来るのを待つ、そんな子供時代を過ごしました。菅沼合掌集落の暖かい家の中では、今でも子供達がそんな遊びをして春を待っているに違いありません。厳しい冬の雪景色でも、子供なりにそり遊び、雪だるま作り、スキ−、かまくらの中で甘酒飲んだりお餅を焼いたり、雪国ならではの冬の遊びを楽しんでいる事でしょう。


昔の面影を残す小京都とも呼ばれる飛騨高山、古い街並みで見詰め合い会話する異国のご夫婦、その取り合わせがナイスマッチングな風景です。散策途中には、からくり人形の精巧緻密な仕組みの芸を見る事が出来ます。小川の流れを発電として動くからくり人形、その動きは正に日本の伝統技術、精巧な動きにびっくりしました。
飛騨高山には、美味しい物もたくさんあります。歩きながら頬張った飛騨牛にぎり寿司、みたらし団子、飛騨牛コロッケ、五平餅、よく食べました。

金沢兼六園
岡山市の後楽園、水戸市の偕楽園と並び、日本三名園の一つに数えられています。生憎のみぞれ交じりの雨でしたが、冬の雨が、しっとりと日本庭園の輝きを増し、幽玄の世界を醸し出していました。雪吊りされた唐崎松、凍りついた池が冬ならではの景勝を感じさせます。また桜の季節も美しく、四季折々の風景には、溢れるばかりの日本情緒を味わう事が出来ます。
金沢市にある長町武家屋敷跡、加賀藩時代の上流・中流階級藩士の武家屋敷が軒を連ねています。土塀と石畳の路地が続いており、藩政時代の情緒溢れる雰囲気を味わう事が出来ます。凍りつく冬には、土塀に優しく「こも掛け」がされています。これは、冬に雪や凍結から土塀を守る為、また虫除けも兼ねているそうです。素晴らしい先人の智恵だと思います。

ひがし茶屋街
浅野川の川岸には、今でもキムスコ(木虫籠)と呼ばれる美しい出格子がある古い街並みが残り、昔の面影をとどめています。現在でもひがし茶屋街は営業されていいますが、一見さんお断りの茶屋がほとんどだそうです。夕方ともなれば灯りがともる茶屋から、三味線や太鼓の音が響いて来る風情漂う街です。
五木寛之著「朱鷺の墓」の舞台としても広く知られているひがし茶屋街、美貌の芸妓・染乃と、ロシア貴族出身の青年将校イワーノフとの恋を描いた小説、もう一度改めて読んでみましょうか。平成13年に、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
一人旅と言っても、全くの一人では無く、ツア−の中に入れてもらいました。自分だけ一人参加だったらどうしようと心配しましたが、とんでもありません。お一人様参加、女性四人・男性三人がいました。
現地観光は、ほとんどが自由行動で、自分で時間の配分をしなくてはなりません。座席は、一人で二人分確保出来ゆったり過ごせ、初めて出合った人とも楽しいお話が出来、新しい旅の形かなと思いました。
はて、不幸せだった筈の自由気儘な一人旅のヒロインは、
二人旅より疲れてしまったのはどうしてかな・・・
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