| 天覧山(195m)と多峯主山(271m)は武蔵野の西端、奥武蔵と呼ばれる山々の玄関口にある。2011年の初登山にハイキング仲間36名と歩いてきた。
JR八高線の東飯能駅から街中を15分も歩くと町並みが途絶え、名栗川へ突き当たる。右手に武蔵野三十三観音霊場のひとつ、観音寺があり、境内には紅梅や白梅が穏やかな冬の日差しを浴びて、ほころび始めていた。鐘撞堂には梵鐘ではなく、なぜか白象が鎮座していた。
観音寺を過ぎると正面に天覧山が見えてきた。山麓にある能仁寺は慶応4年(1868)、飯能戦争とよばれる官軍と幕府軍の振武隊がこの地で戦った際、振武隊の本営が置かれた場所である。
能仁寺の墓地を回りこむようにして天覧山への登山道がつけられている。

中腹にある広場を過ぎるとほどなく山頂についた。丹沢から奥多摩、奥武蔵の山々が広がり、真っ白な富士山がひときわ大きい。都心のビル群の間から東京スカイツリーも姿を見せた。
多峯主山へはいったん急坂を下る。山間の湿地のような原を抜けて、やや上りになったところが見返り坂。源義経の母、常盤御前があまりにも景色が良いので、振りかえり振りかえりしてこの坂を登ったという伝説がある。
しばらく歩くと雨乞池につく。小さな池だがどんなに雨が降らなくても、水の涸れることはないという。雑木林が切れ石を積んだ道を上っていくと、飯能地方の領主だった黒田直邦公の大きな墓がある。そのすぐ上が多峯主山の山頂だった。


多峯主山の山頂は天覧山より広く展望は素晴らしい。奥秩父の山々まで見渡すことができた。山頂には小さな石塔と三等三角点石がある。冬とは思えないような暖かい日差しを浴びて、のんびりとランチタイム。食後のコーヒ、デザートを楽しむころには、眠気が忍び寄ってきた。
下山路は名栗川ぞいにある本郷の集落から吾妻峡にむかう。名栗川もこの辺りは川幅も広く、ゆったりと流れている。散り残った紅葉が川面に影を落としていた。夏なら河原遊びの子供たちで賑わうのだろうが、この季節では人の姿もない。冷たい川風が、ゆっくり休みたい気持ちを奪い去っていく。

河原から上がった農家の庭先にロウバイがたくさん花をつけ、甘い香りを漂わせていた。

ほんの少しだが春の訪れを感じた、新年の山歩きだった。 |