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愛犬ガスのアメリカ移住 〜僕はアメリカ犬になった〜

埼玉からアメリカへ移住した犬3匹と猫5匹の物語

作:小宮健瑚

(アトランタの自宅前のガス)

【目次】

  1. プロローグ
  2. 生い立ち
  3. 家族
  4. 幸せな日々
  5. 巣立ち
  6. お母さんの巣立ち
  7. ロサンゼルスの生活
  8. アトランタへ
  9. アトランタの生活

■プロローグ

僕の名はガス、何の変哲もない柴犬である。8月に拾われたので、Augustの最後を取ってガスと命名された。今は猫のハナ、ジュリー、ダニそしてデルと一緒にアメリカのアトランタに住んでいる。今日もお父さんと一緒に緑の林の中を散歩しながら、どうして、今僕がこんなところに居るのか不思議に思えてならない。
 今までのいきさつを話すと長い長い話になるが、ぼちぼちと話していこう。

■生い立ち


(野良犬の頃の団地の風景)

物心がついたころ、僕は埼玉県にある出来たばかりの大きな団地に居て、あっちこっちのおばさんたちに食べ物を貰って歩いていた。特に決まった住まいもなく、寒い時は人の家の縁の下やら、暖かい時は広場の草むらで星を見ながら寝ていた。誰も食べ物をくれない日もたまにはあったが、ほとんど飢えるということはなかった。この団地の人たちは親切な人ばかりだった。
 意識するようになってからずっとこうしていたので、これが当たり前の生活だと思っていたし、たまには放し飼いになっているメスの子犬と戯れたりする生活が楽しく、自由を謳歌する毎日だった。自分ではこれが当たり前と思っていたが、後でお母さんに聞いた話では、世間ではこのような犬を「ノラ犬」と言うのだそうだ。
 生まれた日付は分からないが、物心がついた時は暖かい毎日だったことから考えると、多分春先に生まれたのではないかと思っている。後で聞いた話だが、お父さんとお母さんが話していたところでは、団地の中の誰かが捨てたのではないか、ということらしい。そう言えば、この団地の中には、飼い主と散歩している犬で僕とそっくりの柴犬を時々見かける。もしかしたら、それが自分の親ではないかと思ったりもする。でも、犬の世界では親子の関係は淡白なもの、別にどうってことはありはしない。
 そうこうしている内に僕の体も段々大きくなって、数人の決まった人が僕に食べ物をくれるようになってきた。特に小さなアパートに住んでいる若い夫婦が、自分のアパートの二階の玄関の前に食事を置いてくれるようになった。自由に遊べるし、食べ物には不自由はしない、天国のような楽しい毎日だった。
「ごめんね、うちはアパートだから犬を飼ってはいけないの、だから、お前を家の中に入れてはいけないの」
 ある日、若夫婦の奥さんが、僕がガツガツ食事を食べているのを見て、僕の頭を撫ぜながら、申し訳なさそうに呟いた。僕は何の不満もないし、今の状態の方が自由で楽しいのに・・・
 アパートから出て、近くの道路を歩いていたら、時々食べ物を持ってきてくれて食べさせてくれていた五十歳前後のおばさん(後で僕のお母さんになる人)が、僕の頭を撫ぜながら言った。
「最近、この団地もノラ犬の取締りが厳しくなったんだよ、捕まると殺されてしまうんだよ。お前もこのままでは危ないね」
 えっ! 殺されるの? どうして? 思わずおばさんの顔を見上げた。
 次の日、おばさんが首輪を買ってきてくれて、僕の首に嵌めてくれた。最初は邪魔くさいと思ったが、すぐに慣れた。団地の犬たちは皆、首輪をしているので僕も何となく誇らしい気分になった。
 そこまでは良かったが、おばさんは首輪に紐をつけると僕を引っ張って、すぐ側の家に連れて行った。結構大きな家で、広い庭はすべてフェンスで囲まれていた。僕は一生懸命庭に入るのに抵抗したが、所詮は人間の力と子犬の力の差、あっという間に庭の中に引きずり込まれてしまった。

 
(ガスが拾われる前のミーとコロ)

車庫のある裏門から中に入るとそこは芝生の手入れが行き届いた綺麗な庭だった。おばさんは僕の頭を撫ぜながら言った。
「いいかい、今からここがお前の家だよ。名前はお父さんが帰ってきてから付けてもらうからね」
 え? ここが僕の家? 冗談じゃない、僕は今の自由奔放な生活が好きなんだ。アパートの若夫婦が可愛がってくれるし、食事も毎晩玄関の前に置いてくれるから飢える心配もない。ただ野犬狩りは恐いけど、そんな連中が来たら隠れていれば見つかることもないさ・・・
 お母さん(仕方ないから、今からおばさんをお母さんと呼ぶことにする。)は庭の奥に向かって「みんなおいで!」と叫んだ。ぞろぞろと犬たちが現われた。お母さんが一匹づつ紹介してくれた。
 一番年寄りはロンと言った。俺と同じ雄の茶色の柴犬でもう十年以上前からお母さんの家族として飼われているということで、一番威張っていた。「なんだ、新入りか」というような顔をしてそっぽを向いていた。でもかなり年だな、もうそんなに永くはないな・・・
 お母さんの話によると、ほんの少し前にリーダー格の犬が死んでしまったらしい。ロンと同じ頃から飼われて、チャウチャウの血の混じった薄茶の犬だったらしい。小さい頃は豚と間違えられるように太ってコロコロしていたのでコロと名前を付けられたそうだ。コロは成長とともに足は短いが大きな逞しい体の犬になり、散歩中にロンが他所の犬に襲われたことが三度もあったそうだが、コロがすかさず襲い返して、いづれも撃退したらしい。馬鹿力の喧嘩に強い犬だったらしい。
「お前もコロみたいな犬になりなさいよ」
 とお母さんは言った。コロは行動も正しく、家族が庭でバーベキュウをした時、他の犬がテーブルの上の肉を取ろうとしたら、「ウ〜ッ」とうなり声を上げて注意していたらしい。そんな犬になれってお母さんは言うが、冗談じゃない。僕は長年ノラをやってきたんだ。美味しそうな食べ物を見て自制なんか出来ないし、君子危うきに近寄らずだ。他の犬と喧嘩するなんて真っ平だね。
 次は僕よりも十歳年上の白と茶のまだら模様の雌犬だった。名前はミーと付けられていたが、結構美人の犬だなと思った。後で聞いた話では、お母さんがお婆ちゃんと喧嘩した時、腹いせにお婆ちゃんの名前を付けたらしい。
 似たような話をお父さんがしていた。お父さんの職場で皆に嫌われている上司がいて、丁度職場に紛れ込んできた犬にその人の名前を付けたそうだ。部下たちは、その上司から怒られるたびに、その上司の名前で呼びながら、その犬の頭をこつんとやっていたそうだ。その犬こそいい迷惑だと思うが、お母さんがミーを叩くことは一切なかった。
 ミーは生まれて間もない頃この家に入り込んできたらしい。お父さんが「駄目だ」と言うのをお母さんが「可愛い」と言って飼ってしまったらしい。しかし、隣の家の子供が欲しがったので、お父さんは喜んで隣に上げたそうだ。ところが性格的に隣の家族とは折り合いが悪く、毎日隣の庭からこの家の庭を淋しそうに覗いているのを見て、お母さんが隣と掛け合って取り戻したらしい。その時のミーの喜びようをお母さんは嬉しそうに話してくれた。何だ、出戻り娘だったのか!
 最後の犬はジュンと言って、ビクターとかいうレコード会社の宣伝に使われていた犬とそっくりの小さな白い雄犬だった。僕よりも2〜3歳年上で、僕に生意気な態度を取っていた。僕より小さい身体のくせに・・・こいつなら僕より弱そうだな、その内やっつけてやる。
 一応紹介が終わったところでお母さんは「後は仲良くやりなさい」と言って家の中に入った。新しい仲間の3匹の犬たちは僕を遠巻きにしてジロジロ見ていた。僕は、ここが家だと言われても落ち着かない。あの若夫婦のところに行きたい。僕は暗くなるのを待って、家の回りの塀に外に出られる箇所がないか見て回った。そしてとうとう見つけた。車庫への出入り口の扉の下を潜れば何とかなりそうだ、僕は小躍りした。


(拾われたコロのガス)

 その日の夜、僕は駐車場の扉の下の隙間を抜けて外に逃げ出した。と言っても捕まらないように逃げ回るつもりはない。若夫婦に会いたかっただけだった。外に出るとすぐ、アパートの二階の若夫婦の扉の前に走っていった。でも、もう真夜中だ。扉は堅く閉まっていて開く様子もなかったが、扉の横に僕のための食事が置いてあった。僕はその食事をぺろりと平らげて、その夜は扉の前に眠った。八月の夜はコンクリートの上は涼しく、快適に眠ることが出来た。
 扉のがしゃんと開く音に驚いて飛び起きた。若夫婦の旦那さんが目の前に立っていた。
「何だ、お前、帰っていたのか、昨夜は来ないので心配したぞ」
 旦那さんは優しく声を掛けながら僕の顔を覗き込んだ。そして僕の首輪に気がついて、それを手で触りながら言った。
「おや、お前、首輪を付けてるな、誰かがお前を飼ってくれるんだ」
 旦那さんは「おめでとう」と言いながら優しく僕の頭を撫ぜてくれた。
「だけど、お前どうしてここに居るんだ、逃げ出して来たのか」
 僕は旦那さんのご機嫌を取るように右手をその掌に上に乗せた。旦那さんはにこにこしながら、再び僕の頭を撫ぜてくれた。
「昨日、保健所の人が野犬狩りをしていたぞ。今は首輪をしているから、大丈夫だとは思うけど、油断はならんぞ、下手すると処分されるぞ、気をつけろよな」
 え? 処分? 殺されるってことか? お母さんもそう言っていたな、くわばら、くわばら・・・ここ2〜3日はどこかへ潜んでいよう、そうだ団地の外れにある草むらが良いな。
 僕は旦那さんにしばらく甘えてから、玄関の横に寝そべった。旦那さんと若奥さんは、やがて仕事に出て行った。 お昼ごろになっておもむろに歩き出し、アパートの階段を下りた。回りをきょろきょろ見回してからそっと道路へ身を乗り出した。途端に目の回りに火花が散って、息が出来なくなった。何が起こったのか理解できなかった。
 気がついたら、僕は犬用の檻の中にいた。そしてやっと自分の状況を理解した。恐い顔をした野犬狩りの男の手にある捕獲用の道具で首を絞められたんだ。そして半分気を失っている間に檻に入れられたに違いない。お母さんが言ったことは本当だったんだ。
 あ〜僕は殺される、これで僕の短い一生は終わるんだ、と絶望感に襲われた。野犬狩りの男たちの話し声が微かに聞こえてくる。
「この若い柴犬は新しい首輪をしているぞ」
「でも、こいつは昨日は首輪なしでうろうろしていたぞ」
「誰かが飼ってくれたんかもしれんな」
「あの奥さんかな」
 茫然とした僕の目に走って近づいてくるお母さんの姿が見えた。そしてお母さんと男たちがしばらく話していたが、やがてお母さんが檻の中から僕を救い出してくれた。この時ほどお母さんに感謝したことはなかった。
 家の庭に連れて帰ってから、お母さんは僕の首輪に紐を繋いで、庭の木に固定してしまった。
「だから言ったでしょう、しばらくは逃げ出さないようにここに繋いでおくからね」
 お母さんはプンプンして家の中に入ってしまった。しばらくすると美味しそうなご馳走を持ってきてくれて、木の根元に置いてくれた。他の犬たちも欲しそうな素振りを見せていたが僕と喧嘩してまで取り上げるつもりはなさそうであった。何せ食い意地の張った僕のことだ、恐い顔をして睨みつけていたに違いない。
 こうして僕はこの家の飼い犬になった。
つづく
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