■家族 (その1)

(猫のメイと餌を貰う犬たち)
その夜、僕はまだ木に繋がれたままであったが、お母さんがお父さんを伴って僕のところへやってきた。お父さんがまず吐いた言葉は、
「この犬かぁ? どこにでもいるただの柴犬じゃないか」
「そうなんだけど、保健所に連れて行かれて処分されるのも可愛そうだと思って・・・」
そう! ただの柴犬で悪かったね! 好きで柴犬に生まれてきたわけじゃないわい! 僕は無性に腹が立った。
「3匹も4匹も一緒だから、飼っていいでしょう」
「お前さえ良ければ構わないよ、それで名前は何にしたの?」
「まだなの、貴方に決めてもらおうと思って」
「う〜む、今日は8月25日か・・・August・・・そう、ガスにしよう」
え? ガス? おなら(屁)じゃあるまいし、もっと格好良い名前はないの? 例えばヨンサマとかさ。
「そうね、良い名前だわね、アメリカ人の名前にもガスって人がいるしね」
いとも簡単に名前を決められてしまった。この夫婦、かなり好い加減な人柄じゃないのかな? そう言えば後で聞いた話だが、白い子犬のジュンも六月に拾われたからジュンになったそうだ。それからチンチラ猫のメイは五月。それなら、1番、2番、3番・・・と付ければ良いんだよ・・・ ま、アメリカ人にもある名前なら我慢するとしようか。
ともかく、良くも悪くも僕は「ガス」という名前を貰ってこの家の一員になった。そしてその夜から三晩は木に繋がれたまま眠る破目になってしまった。眠ると直ぐに、ノラのころ近くの雌の子犬と野原を駆け巡っている夢を見た。ああ、自由奔放のノラの時代が懐かしい・・・
お母さんは心配らしく、時々僕のところへ来ては頭を撫ぜてくれた。食事も若夫婦のところのより美味しい食事を食べさせてくれる。ロンとジュンは同じ雄だからなかなか近寄っては来なかったが、ずっと年上だけど、雌のミーが近寄って来ては僕の顔をぺろりと舐めてくれた。毎日美味しい食事を貰って、野犬狩りの心配もしなくいい、一応家族も出来た。毎日朝夕、広い団地の中を散歩に連れて行ってくれる。若夫婦のアパートの前も通ってくれるので、たまには顔を見られるかもしれない。 ま、良いか。 三日も経つと、逃げようという気持ちはすっかり失せてしまった。
そして、三日目の朝、お母さんが紐を外してくれた。家の芝生の庭は結構広くて走り回るには十分だった。僕はすっかり嬉しくなって庭中を走り回った。ミーは一緒にじゃれてくれたが、ロンは知らん顔、ジュンは仲間に入りたいような顔をしていたが、一緒には走ってはくれなかった。
(お父さんと散歩中のジュン、ロン、ミー)
新しい家での生活が始まった。犬は全員広い庭で放し飼いだし、家の南側と小屋の南側の日当たりの良い場所に犬小屋が5つ作ってあった。ガラスで窓を作って、中から外を見ることのできる贅沢な小屋もあった。 別に指定された犬小屋ではなく、それぞれが好きなように入れるようになっていた。それでも誰も入らない小屋が一つは残る勘定になる。作ったお父さんに言わせると、一つ残るようにしておけば、皆が嫌いな小屋に入らずに済むと言うことらしい。
「お前たちは、5LDKの贅沢な庭に住んでいるんだぞ」
とお父さんはうそぶいていた。そこまで快適かどうかはやや疑問は残るが、小屋の数が足りないよりは多い方が良いに決まっている。他所の家の鎖で繋がれたままの犬たちよりずっと幸せには違いない。散歩の途中でよく見かけるが、狭いところに繋がれたままの同胞を見ると可哀想でならない。冬の寒い時期はどうするんだろう。
ともあれ、新しい生活は快適であった。犬の家族たちも一週間もしたら仲良くなってくれた。 ミーは優しくて、いつも一緒に遊んでくれた。 ロンは「ふん、若造めが」とうるさい爺さんだったが、意地悪をすることもなく、家族の一員として認めてくれた。ジュンも仲良くなって、一緒に戯れて遊ぶようになったが、「俺の方が年上だぞ」と思っているらしく、僕が下手に出ないとむっとした表情をする。
散歩は毎日お父さんかお母さんが四匹の紐を引っ張って連れて行ってくれた。三十分から一時間の団地内の散歩であるが、僕らにとってはシッコを済ませたり、溜まったウンチをしたりする重要な散歩である。お父さんやお母さんが僕たちのウンチをビニールの袋に取って入れたり、下痢の時は小さなスコップで穴を掘って埋めてくれたりする姿を見ると、大変だなぁと感謝の気持ちでいっぱいになる。雨の日も風の日も僕たちはウンチをしなければならないので、必ず散歩には連れて行ってくれる。
散歩ではいろんな犬たちと出会えるので、4匹とも毎日これを楽しみにしている。他の犬に会えない日でも、草むらに残ったシッコの匂いを嗅いで、「あ、これはあのタマちゃんの匂いだ」と嗅ぎ分ける楽しさがある。 ジュンなんかお母さんが紐を持って家から出てくると、飛び跳ねて喜んでいた。僕も嬉しくて思わず大きな声で吠え立て、「うるさい!」とお母さんに叱られたりもした。
今日もお母さんが4匹の紐を持って団地の中の遊歩道を散歩した。僕たち雄犬は雌犬を見かけると尻尾を振って近づいていったが、ミーは雄犬と会うと恐いのか僕たちの後ろに隠れたりする。お母さんは犬を連れて散歩する人たちとは顔見知りが多いらしく、立ち止まってしばらくは世間話に花を咲かせる。その間、僕たちは相手の犬たちとお互いに匂いを嗅ぎ合って友情を確かめる。でも、中には嫌な奴もいて、この場合は吠えあうことになってしまう。するとお母さんから頭をパチンと叩かれて、お母さんの世間話も終わりになる。
ある日、人通りが少なくなったところで男の人に連れられた白い犬と行き違った。僕より少し体の大きい、獰猛な顔をした奴だった。僕たちが素知らぬ顔で通り過ぎようとしたその時、そいつが突然僕たちに吼えついて飛び掛ってきた。突然のことで紐が男の人の手から離れていた。
相手は一番身体の小さいジュンをめがけて襲い掛かった。
「ジュンが危ない!」
僕は何も考えずに相手に飛び掛っていた。見るとロンも飛び掛っていた。ミーはいつでも飛びかかれる体勢で相手を睨みつけている。1対3の大乱闘が始まった。このまま戦い続けたら、身体の大きい相手のほうが強かったかもしれない。しかし、僕たちも必死だった。僕にとっては生まれてはじめての経験だった。
「すみません! トラ止めろ!」
男の人がお母さんに謝りながら、慌てて獰猛野郎の首根っこを押さえて、紐を引っ張って引き離してくれた。
「すみません、こいつ朝から気が立っていたものですから」
男の人はもう一度お母さんに謝って、トラの頭を拳骨でごつんと殴ると、紐を引っ張って、離れていった。
お母さんは急いで僕たちを連れて家に帰った。ジュンは耳を噛まれて少し血を流していた。僕も足を噛まれていたが大した傷ではなかった。ロンはどこも怪我がなかったようだ。さすが年寄り、年の功で怪我をしない喧嘩のやり方を身につけているのかもしれない。
お母さんは家から薬を持ってくると、ジュンの手当てをしてくれた。僕とロンも一応身体を撫ぜて怪我がないかどうかをしらべてくれた。僕の怪我は手当てをするほどのことはなかったようだ。
「ガスも良く戦ったねぇ、偉いぞ!」
と言いながら頭を撫ぜてくれた。うれしかった。
僕はジュンの手当てをするお母さんを見ながら、戦いの様子を思い出していた。うちの雄犬は獰猛野郎よりは体は小さいながら、全員が一緒に必死に戦った。そこに理屈はなかった。そう、「家族」だからお互いを守ろうとして本能的に戦ったのだ。僕は嬉しかった。そうだ、僕には家族が居るんだ。勿論、僕たちを可愛がり、見守ってくれるお母さん、お父さんそしてお姉ちゃんたちも家族なんだ。僕は幸せな気持ちに包まれた。
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