18日(日)、木原光知子さんのご葬儀にと築地本願寺へ向かいました。夕方5時から、司会の打ち合わせでしたが、本堂前にはテントも張られ、中にはびっしり椅子も並べられ、白いお花がいっぱい。準備が始まっていました。
祭壇と写真を見て、、、あ〜ミミさんはもういないのだ、、、、と。


白い花々の波の中を、イルカが気持ちよく泳いでいます。
波の上には、ミミさんのよく口にした言葉、「泳縁」が飾られました。
彼女の直筆ですが、「泳ぐことにより結ばれた縁(えにし)に生かされ、自らの世界をひらく」の意。
長くミミさんを見守ったマネージャーの川端さんが、
「うまくはないけど、、、味がある字だよね〜」
うなづきました。
「ミミさんらしく、大らかね〜」
喪主のお兄様に初めてお会いしました。
「明日はよろしく! ミミに、君は似てるね」 光栄です。
夜、TBSの仲間、飯島さんに電話。
「せッちゃんの声、明るいから、、、落とすんだよ」
「ありがとう」
考えてみれば、葬儀の司会は2回目。
佐高信さんのお父様のご葬儀以来です。
19日(月) 晴れました。ミミさんよかったね。
弔辞を読まれる方のお一人は、ミミさんが「東京のお母さん」と呼ぶ、シャンソン歌手の石井好子さん。
控え室にご挨拶に伺うと、
「あなただったの、仲良しだったわね。
今日は、お互いに、、、、酷ね。頑張りましょうね」
「はい。ミミさんに怒られないよう、泣かずに頑張ります」
12時50分。式は始まりました。取材の方もいっぱい。
ご招待の方のご焼香も終わり、、、、ほっとした途端、、、
一般のご焼香が始まりました。

驚きました。その人数、、、、3000人近くでしょうか。
有名人、無名人、ご老人、若い方、子供達、、、、
係りの方が、私に椅子を持ってきてくださいましたが、
座る気にはなりません。寒い中、お待ちいただいて、、、
ミミさんの代わりに、この時、涙があふれました。
なんて幸せなミミさん。
(後略) (2007.11.26 写真/小林節子)